1983年5月の発売日以来26年間にわたって愛聴してきた「浮気なぼくら」が、おなじみボブ・ラディックさんの手によってリマスタリングされたというのでワクワクしながら聴いてみました。
イエローマジックオーケストラ40周年記念事業の例のリマスタリングです。
憎さあまって可愛さ百倍
さて第一印象。
重い・・・(ヘビー)。
一聴して中〜低域が強調されたボトム感のあるサウンドがまるで別のアルバムを聴いているように響き、新鮮な驚きを感じました。
いままで楽しんできたポップで爽やかでパステル調の印象のアルバムは何処に行ってしまったのか。
しかしこのアルバム、サウンドはジャケットの印象通り非常にポップですが、実は楽曲そのものとしては結構ヘビーな内容のものが多いのです。
曲もサウンドもいわゆる”明るい”のは「君に胸キュン」と「音楽」くらいじゃないでしょうか。
それ以外の曲では明るさを装っていても歌詞がシリアスだったりします。
今回のマスタリングはそこにフォーカスしたものなのか?
とはいえ、そんな楽曲群だからこそ「浮気なおじさん」を演出した陽気なサウンドがかえって胸に響いてくるところもあり・・・。
私がこのアルバムをこよなく愛しているのも、その辺りの屈折を感じるからかもしれません。
オリジナル盤のオビにはこうありました。
「憎さあまって可愛さ百倍」
まさにその通り!
となると、今回のリマスタリングは可愛さが大人しめというところでしょうか。
私的YMO史。1983年
ところで、メンバーも語っていますが、一般的なYMO史では1981年の「BGM」のリリースで多くのファン、特に小中学生が離れたということになっています。
ところが当時中学一年生だった私の周りではそうでもありませんでした。
「BGM」も「TECHNODELIC」も「カッコいい!」という文脈で聴かれていたし、その歳の暮のウィンターライブもその模様がテレビやFMで放送されたせいもあってか熱狂的に迎えられていた印象があります。
実際私もこの2枚、発売日に向けて着々と小遣いを貯め、手に入れてからは毎日のように聴いてシビれている中学生でした(そして今でも聴いてシビれてる)。
「BGM」で離れていったのはオトナたちだったのではないでしょうか?
81年のYMOのカッコよさを理解できなかった(理解するには分別があり過ぎていたのか)大人たちが退いて行ったのではないかと今では思うのです。
浮気なぼくらは中学生にとってのロックVS日本語論争
さて当時の私の周りの小さな世界の中だけで判断するなら、本当にYMOから小中学生が離れていったのは「浮気なぼくら」からです。
「浮気なぼくら」でみんないなくなりました。
さーっと退くという言い方がありますがまさにこれで、私には「さー」っという音が聞こえました。
今でもその理由を考える時、必ず思い出すのが当時のトモダチの言葉です。
「日本語、カッコ悪い」
この発言の持ち主もそれまでは熱狂的なYMOファン。
昼休みは毎日のようにお箸をドラムスティック代わりに、自分の席で一人YMOコンサート(もちろんユキヒロ役です。ひとりYMOだけど)。
そんな彼でさえ「日本語、カッコ悪い」の一言で、去っていく。
思わぬところでのロックVS日本語論争・・・。
しかもYMOにはその火付け役とも言えるバンド、はっぴいえんどのメンバーがいたのだから、回り回って中学生の感性は侮れないものです。
今の中学生にはこのヘビーな2019年版「浮気なぼくら」、いったいどんなふうに響くのでしょうか。