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Otis Reddingの傑作アルバムはThe Soul Albumでキマリ。その1

オーティス・レディング The Soul Album

アルバム・ジャケットに写る女性が誰かはここではいいとして。

私の中ではこのThe Soul Albumこそがオーティス・レディングの傑作なのです。

このアルバムはオーティス(と、Booker T. & The MG’S)にしか作れない。

これが意味するところは、例えばマイルス・デイビスの60年代のクインテット(ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス)が生み出した音楽が、他の輩達には絶対にマネできないと思わせるのに似ています(そもそもこの時期のマイルスの音楽性を受け継いでる人っているのだろうか?)。

もちろん電化マイルスもかなりスゴイ。

しかし、他の誰かがやれるような気がしないでもない。

その意味でOTIS BLUEよりThe Soul Album、ということなのです。

かなりランボーなたとえではありますが。

このアルバム、まずジャケットの女性のポートレートに惹かれるわけですが、それはいいとして。

A面一曲目からシビれるのです。Just One More Day

一曲目からこのイントロです。

誰が考え出したのでしょうか。

こういうホーンとギターの絡み・・・果たしてどこから湧いてくるのか・・・?

目次

The Soul Albumのアレンジは誰が考えたのか?

この「誰が考えたんだろうか?」がThe Soul Albumにはたくさんあります。

それが私がこのアルバムを傑作であり、オーティスとMG’Sにしかできないと捉える理由なのです。

しかもこのアルバム、半分以上はカバー曲で、あえて言えばオーティスによるカバー集とも言える。

もしかすると、推測ではなく本当に「カバー集」として作ったのかもしれません。

そのカバーにしろオリジナル曲にしろ、非常に秀逸なアレンジメントがなされていて、「うーむ、このアレンジ誰が考えだんだろう?」と何度も呟かざるをえないのです。

ところで、この時代のスタックスの楽曲をいろいろと聞いてみると、オーティスの曲のアレンジがスタックスの他のアーティストの作品と比べると少々異質な印象を受けなくもありません。

なんというか、非常にシリアス(あまり「遊び」がない)でもあり、ロックぽくもあり(つまりボーカルバンドの雛形のような)。

他のアーティストのアレンジはもう少し砕けた印象、遊びがありますね。

それがサム&デイブやエディ・フロイド等当時のスタックスのトップアーティストであってもそうです。

ということは、ヘッドアレンジとはいえ、やはりオーティスが中心にアレンジメントを組み立てていたということになるのでしょうか。

秀逸なカバー曲群

重厚かつ繊細なオリジナルバラードから一転、二曲目はテンプテーションズのカバー。It’s Growing

このバージョンにはもはやテンプテーションズ=モータウンの面影すらありません。

聞き流していると(それは無理ですが)オリジナル版を知っているリスナーでさえ、「なんかテンプテーションズのIt’s Growingに似てるな、ちょっと違うけど」と通り過ぎてしまいそうです(無論できませんが)。

このどっしりしたバックビートにも関わらず爽やかに吹き抜けていく疾走感はなんだろう。

誰がこのリズムで行くことに決めたのだろうか?

そして名唱、名演「煙草とコーヒー(Cigarettes and Coffee)」。

すでにオーティスのオリジナルチューン化している感もありますが、実はこの曲のオリジナルはアル・ブラッグス(Al Braggs)というソウルシンガーによるもの(1962年)。

作者にジェリー・バトラーの名前も見えるので、その流れでオーティスが取り上げることになったのでしょうか。

オリジナル版のジャズソウルなフィーリングもタマランのですが、オーティス(そしてMG’S)が産み出すフルボディのソウルに、タバコ嫌いの私でも紫煙にまみれたくなってしまいます。

この異様な貫禄、とてもポール・マッカートニーと同い年とは思えません。

続くChain Gangは言わずもがなのサム・クックの曲。

これもすっかりオーティス化しており、クックさんのエッセンスを借りて新たにもう1曲つくりました、親分、という聞こえ方。

例のウーっハーっのコーラスもサザンマナーの分厚いフィーリング。

アル・ジャクソンが笑顔でキックを踏んでいる姿が目に浮かびます。

こういった辺りのニュアンスというかフィーリングは、いわゆるサザン・ソウル界隈のミュージシャンは共通言語として持っていて、集まると自然にこんな演奏になるのだろうか?

それともオーティスのアイディアなのだろうか・・・?

誰も知らない

さてA面の、いや、このアルバムのハイライトだと私が思うのが、次の「誰も知らない(Nobody Knows You (When You’re Down and Out)」です。

「煙草とコーヒー」も推したいところではありますが、どちらか選べと言われればこっちを選びます。なぜか。

いったいこのアレンジは誰が考えたのか?

聴けば聴くほどその疑問というかナゾが深まる秀逸な出来の曲だと思うからなのです。

ジミー・コックスの手で戦前に書かれたこの曲は、ベッシー・スミスのレコードによって広く世に知れ渡ることになりますが、それ以来多くのシンガー達に取り上げられてきました。

恐らくはほとんどのバージョンがベッシー・スミス版を踏襲した、いわゆるカントリー・ブルース的なアレンジで、例えばエリック・クラプトン(ドミノズ)のカバーに顕著なところ。

しかし、このオーティスの「誰も知らない(Nobody Knows You (When You’re Down and Out)」。

またまた繰り返しますが、いったい誰が考えついたのだろう?この素晴らしいアレンジメントを。

淡々とリズムが進行する中、オーティスのボーカルととスティーブ・クロッパーのギターが対話する。

しかもその中身はカントリー・ブルースの皮肉めいた明るさなど微塵もなく、ただただ深く深く己のブルースを掘り下げるばかりなのです。

二曲前が午前2時45分だとしたら、この曲はもう4時。もうすぐ朝です。

岡本太郎はこう詠いました。

「朝は夜より暗い」

この詩がぴたりと当てはまるのがオーティス(とMG’S)による「誰も知らない」なのです。

(つづく)

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